キャリア迷子の20年①…自己紹介

代表コラム

開運キャリアコーチの野本敬子です。

これまでアメブロやnoteで書いていたブログを
WordPressで書いていきます。

まずはnoteに書いていた自己紹介から・・・

新卒就職→派遣→役員秘書に転職

幼少期の頃のお話は改めて・・・

私は団塊ジュニア世代。就職氷河期世代。
就職する意味もやりたいこともわからないまま
唯一内定をもらった地元の住宅会社に就職。

2年足らずで退職。
あまりにも暇だったこと。
未熟ながらも同族の会社に疑問いっぱい。
将来の不安というより
時間を浪費している感覚でした。

同じころ、大学の友達が
派遣で働き始めた!ということを聞き
当時は時給も良く、大手で働けるというイメージで
「私も派遣で働くーーー!」と退職。

事後報告した両親からボロクソ怒られたけど
後に、最初の会社は民事再生法に適用されたことを知り
「あんた、辞めててよかったなぁ~」と
手のひらを返されたwww

短期派遣でパソコンスキルを習得してから
2社で事務系の派遣に従事した後、
派遣会社から正社員の仕事を紹介されました。

人材紹介部門から、登録していなかった私に・・・
いまだに理由は謎ですが、私のキャリアの転機になりました。

市場価値の低さを知る

未経験から一部上場企業の営業本部長秘書へ
役員の世話はもちろん、役員の脳内を資料にしたり、組織変更に伴うフォーマットの新規作成、役員の指示を現場に落とし込んだり、営業本部や各本部との調整役まで幅広く業務を担当していました。

「野本さんが居ないと、営業本部の仕事が回らないよね」
社内では仕事ができる人として、上司や役員はもちろん、本社や他部門の方々、取引先の社長様にも認めてもらえるようになって、私自身も仕事が楽しいぃーーーって初めて思える体験でした。

そんな時、2つ目の転機がやってきます。
担当していた役員の東京転勤。後任の役員秘書はすでに後輩が担当していました。
私は役員について本社機能のある東京に転勤するか、退職するか人生の選択をすることになり・・・。

東京で生活する自信もなく、役員秘書の仕事もやり切った感があったので、退職する決断をしました。

次の仕事を探そうと、転職支援会社に登録に行くと衝撃の一言が。
「あなたに紹介できる仕事はありません」

33歳。営業経験もマネジメント経験も無い私には、紹介してもらえる転職先がなかったのです。役員秘書としての経歴も、単なる一般事務扱い。仕事ができる自信はあったけど、転職市場では価値がないことを痛感しました。

非正規のループでキャリア迷子に

そこから3年間、派遣社員で複数社を渡り歩いた後、秘書時代の先輩に誘われて共同起業することに。。。縁もゆかりもない岡山へ転居しました。

約1年半、一緒に仕事をしましたが、起業当初と方向性が変わってきて離職。再び派遣で働きながら、これからを模索する日々。すでに40歳間近。

今さら大阪に戻っても転職できるわけでもないなら、地方でカウンセリングやコーチングで一人起業しようと、東京まで起業塾に参加したり、NLPを学んだり、産業カウンセラー資格を取りました。

生活支援金を貰いながら半年間の職業訓練にも参加。
岡山で知り合ったバーテンダーと一緒に、バーを紹介する本の出版も手伝ったり。

そして、ハローワークで期間限定の仕事を探していた時。
10社以上応募しては書類選考にも通過しなかった私が、財団法人で「女性起業家育成支援事業のコーディネーター」という1年間限定のお仕事に就きました。これが3つ目の転機になりました。39歳でした。

その②に続きます。

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